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明確な理由がないこともある

  • 執筆者の写真: Masayuki MASUDA
    Masayuki MASUDA
  • 8月2日
  • 読了時間: 1分

寺沢拓敬著『「なんで英語やるの?」の戦後史 ——《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程』を読んだ。 この本に出会ったきっかけは思い出せないが、内容分析という手法で見事な論証がされていて思わず飛びついた。


僕はまったく知らなったが,日本における英語(外国語)は,なんと2001年まで選択科目だったというから驚きである。


選択だったらやらなかったのに,という向きもあるだろうが,事実上は必修科目だったのであきらめるしかない。


本書は、その英語教育の必修化のなぞに挑んだものである。


そもそも「外国語の必要度には多様性がある」との理由から,新制中学校発足時に選択科目が妥当だとされた外国語だが,1950・1960年代を経て,「国民教育」の正当な構成要素のひとつへと成長していったとあった。


その国民教育化の要因としていくつかあげられているが,その一つに,高校入試への英語試験の導入および高校進学率の上昇というのがあった。ほかにもいくつか要因が示されている。


英語の事実上の必修化は,偶然の産物であると結論づけている。たしかに世のなかには明確な理由が示せないこともたくさんある。十分に納得できた。


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